2010年05月08日
5月のコンサート 諦念
リハーサルで嘉数さんの朗読「絞首台」を聴いていたら
「われ一塊の肉塊なり」というフレーズが浮かんだ。
曲の名前がどうしても思い出せず、ネットで調べたら「諦念プシガンガ」
学生時代、どきどきしながら、この曲を何度も聞いていた。
ボーカルが素晴らしく、もの悲しいメロディにどこか懐かしいリズム
歌詞からは原爆もイメージされる
理不尽なものの前の無力さ、
諦念と名付けたのちライラライラと歌い上げる潔さ
怖いけれどもかっこよく、とても好きだった
身近な人に話したら「自分も聴いていた諦念プシガンガ」とあっさり答えられた。
好きな人はたくさんいるのかもしれない
失くしてしまったCD「東京の野蛮」
ボーカリストが40代になってまだライブをしているときいてほっとする。
私の中で、夜のガスパールの絞首台は、諦念プシガンガと同じ引き出しに収められている。
「われ一塊の肉塊なり」というフレーズが浮かんだ。
曲の名前がどうしても思い出せず、ネットで調べたら「諦念プシガンガ」
学生時代、どきどきしながら、この曲を何度も聞いていた。
ボーカルが素晴らしく、もの悲しいメロディにどこか懐かしいリズム
歌詞からは原爆もイメージされる
理不尽なものの前の無力さ、
諦念と名付けたのちライラライラと歌い上げる潔さ
怖いけれどもかっこよく、とても好きだった
身近な人に話したら「自分も聴いていた諦念プシガンガ」とあっさり答えられた。
好きな人はたくさんいるのかもしれない
失くしてしまったCD「東京の野蛮」
ボーカリストが40代になってまだライブをしているときいてほっとする。
私の中で、夜のガスパールの絞首台は、諦念プシガンガと同じ引き出しに収められている。
Posted by みなみちゃん at 20:45
│日々のこと